広島高等裁判所 昭和43年(行コ)2号 判決 1973年6月26日
控訴人(原告) 鯉松園産業株式会社
被控訴人(被告) 広島市長・広島市
主文
本件控訴ならびに控訴人の当審における新請求を棄却する。
当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人広島市長が昭和四五年一月九日付でなした別紙目録記載の土地に対する換地処分は、無効であることを確認する。被控訴人広島市は控訴人に対し、昭和三三年七月五日から右土地が現実に使用収益しうるまで一か月につき金二万二、一六四円の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張と証拠の関係は、次の一、二、三のとおり附加訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一、控訴代理人は、次のとおり述べた。
(一) 被控訴人広島市長は、昭和四五年一月九日、控訴人に対し、原判決別紙目録記載の四筆の土地(以下本件土地という)を別紙目録記載の土地(以下本件換地という)に換地する旨の本件換地処分をした。
(二) ところで、本件仮換地指定処分について存在する原審で主張したとおりの瑕疵は、本件換地処分に承継されるから、本件換地処分も当然無効である。
よつて、右無効を争う被控訴人らとの間で、原審で請求した本件仮換地指定処分の無効確認に代えて、当審において本件換地処分の無効確認を求める。
(三) 被控訴人広島市長が控訴人に対し、昭和四三年七月一二日、本件仮換地指定処分を変更して、本件土地のみに対する仮換地を本件仮換地の一部である袋町一七二ブロツク一二―一ロツト二四〇・七九平方メートル(以下本件新仮換地という)と指定する本件新仮換地指定処分をしたことは認める。
しかし、右処分は単に書面上のものに止まり、現実には右新仮換地上に福居軍次郎所有の本件建物があるため、控訴人は右土地を使用できない。このような場合、土地区画整理事業の施行者としては、仮換地の指定を受けた土地所有者に対し従前の土地の使用を禁じた以上、控訴人の仮換地使用が妨げられる事態を放任すべきではなく、速やかに本件建物の除却・移転を命じかつ執行すべき義務がある(最高裁昭和四六年一一月三〇日第三小法廷判決、民集二五巻八号一三八九頁参照)のに、被控訴人広島市長は故意または過失により右義務を果たさず、控訴人に対し本件土地の換地予定地、仮換地の賃料相当の損害を与えているから、控訴人は被控訴人広島市に対し、本件土地所有権取得後本件換地の使用を現実に開始できるまでの右損害の賠償を求める。
二、被控訴代理人は、次のとおり述べた。
(一) 前記一、(一)の事実は認める。
(二) 被控訴人広島市長は、前記一、(三)のとおり本件仮換地指定を変更する本件新仮換地指定処分をした。
(三) 本件仮換地および本件新仮換地の範囲は、いずれも本件土地とほぼ同じで本件建物の敷地を含んでいたから、右各仮換地を指定する処分によつては従前の土地所有者がその使用状態を変更する必要も、また、被控訴人広島市長が本件建物を移転・除却する必要も生じなかつた。
(四) 仮に被控訴人広島市長において右除却等をすべき義務があつたとしても、控訴人は本件建物があるためそのままでは本件土地の使用収益が不可能であることを知りながら本件土地を買受けた後、本件建物の除却等につき関係者と全く協議せず、被控訴人広島市長に強権の発動を求めなかつたのであるから、同被控訴人に過失はない。
三、(証拠省略)
理由
一、控訴人が、その主張のとおり、福居シツノからその所有の本件土地を買受けたこと、控訴人主張のとおり、本件土地区画整理事業の施行者である被控訴人広島市長が本件仮換地、本件新仮換地の各指定処分と本件換地処分をしたことは、当事者間に争いがない。
二、成立に争いがない乙第一号証、乙第三号証の一、二、原審証人福居軍次郎の供述により成立を認めうる乙第三号証の三、右供述および原審証人住田春男、岩宮登、福居千代子の各供述並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
被控訴人広島市長は、本件土地区画整理事業の施行にあたり一般に、土地を所有する近親者同志から、それぞれの数個の土地に対し一括して一個の換地を指定されたいとの一団地換地交付願が出されたときには、そのとおり一個の仮換地・換地を指定していた。昭和二二年六月頃、本件土地の所有者福居シツノは、養子福居軍次郎の勧めに応じ、同人との間で、本件土地並びに同人所有の広島市西魚屋町一四番の一宅地三七坪二合および同番の三宅地四坪八合八勺について一団地換地交付願をすることを合意し、同人に右願出をする代理権を与えた。そこで、福居軍次郎は、本人および福居シツノの代理人として、被控訴人広島市長に対し本件土地ほか前記二筆の土地について右願出をしたので、本件仮換地指定処分がなされた。
右認定に反する甲第九号証、原審証人沖野岩一、伊東真造、原審(第一、二回)および当審証人中村登の各供述部分は、前記証拠に比べたやすく信用できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
このように、土地区画整理において、数人の土地所有者がそれぞれの所有する数筆の土地について一括して一個の換地を指定されることに同意し、施行者に対し共同して右指定を希望する旨の意思表示をしたときには、第三者の利益を害すべき特別の事情のない限り、右の数筆の土地について一個の仮換地、換地を指定しても違法ではないと解すべきである。また、右意思表示が書面によらなかつたとしても、これをもつて重大な瑕疵があるとすべき合理的根拠を見出し難い。
そうだとすれば、本件仮換地指定処分には控訴人主張のような無効の事由はなく、従つて本件換地処分にも右の無効事由はないから、その無効確認を求める控訴人の当審における新請求は理由がない。
三、次に控訴人の損害賠償請求について判断する。
(一) 先ず、控訴人は、福居シツノの同意なしに一括仮換地指定等の処分がなされたと主張して損害賠償を請求するが、その理由がないことは先に述べたところから明らかである。
(二) また、控訴人は、再三の部分指定の申立にもかかわらず被控訴人広島市長がこれをしなかつたため、本件仮換地等が使用収益できなかつたと主張してその損害の賠償を請求するが、先に述べたとおり、福居シツノ、福居軍次郎の共同の申出に基づいて一括仮換地指定がなされたのであるから、福居軍次郎との共同の申出なしに、単に福居シツノの承継人のみの申出に基づいて、右仮換地指定に変更を加えることは、違法のそしりを免れ難い。してみれば、同被控訴人が前記部分指定の措置をとらなかつたのは当然であるから、その余の点について判断するまでもなく、右主張は理由がない。
(三) 更に、控訴人は、被控訴人広島市長が本件建物の移転除却を怠つたと主張して、損害賠償の請求をする。
なるほど、同被控訴人としては、本件区画整理事業の施行にあたり、一般に、関係人に不当な不利益や損害を及ぼすことのないよう配慮すべき義務を負うものというべきである(最高裁昭和四六年一一月三〇日第三小法廷判決、民集二五巻八号一三八九頁参照)。しかし、本件仮換地の従前の土地が、本件土地のほか本件建物の所有者福居軍次郎の所有する二筆の土地を含むことは当事者間に争いがないから、被控訴人広島市長が、本件仮換地につき使用収益権を有する福居軍次郎に対し移転除却の手続をとらなかつたことに違法はない。もつとも、本件新仮換地の従前の土地が福居軍次郎所有の土地を含まないことは当事者間に争いがないが、本件仮換地指定処分を福居軍次郎との共同の申出がないまま(このことは弁論の全趣旨によつて認定できる)取消し、改めて本件新仮換地指定処分をすることが違法であることは先に説示したとおりである。従つて、更に違法を重ねることを避けるため、右の瑕疵ある仮換地指定に基づく移転除却の手続をしなかつたとしても、被控訴人広島市長において、関係人に不当な不利益や損害を及ぼすことのないよう配慮すべき義務に反するものではないと解されるから、右不作為は、当然のことでこそあれ、違法ではない。更に、成立に争いがない乙第四号証の一ないし五、甲第一一号証、原審証人福居軍次郎、同福居千代子の各供述によれば、本件土地を当時所有していた福居シツノは、本件仮換地指定処分前から、福居軍次郎に対し、その所有する本件建物の敷地として本件土地のうち西魚屋町の二筆の土地を使用することを承諾していたが、本件新仮換地の範囲は、本件建物の敷地である右二筆の土地全部を含んでいることが認められる。そうだとすれば、従前の土地の所有者において本件建物敷地の利用権を消滅させた後でなければ、被控訴人広島市長はその移転・除却をすることはできない。ところが、本件においては、右の土地利用権の消滅の事実については主張立証がない。また、被控訴人広島市長において、右の土地利用権の消滅を認識し、或いは、土地区画整理事業の施行者として尽すべき相当の注意をもつてすれば右の土地利用権の消滅を認識できる事情にあつたのに、移転・除却を怠つたときにはじめて、そのことによる損害について帰責事由があると言わなければならない。ところが、被控訴人広島市長が右の土地利用権の消滅を認識していたことや、右に述べたとおりの認識しうる事情にあつたことについては、主張立証がなく、却つて、前記証拠および弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
福居シツノは、その婿養子で長女千代子の夫である福居軍次郎夫婦と多年にわたつて同居し、その財産の管理を右軍次郎に委ねていた。特に戦後は、右軍次郎が建てた本件建物に疎開先から連れ戻され、右軍次郎夫婦と同居しその世話を受けて円満に暮し、その財産全部を右軍次郎に贈与する申込をしたこともあり、また、再三、本件土地を右軍次郎夫婦に相続させると言つた。ところが、右千代子の妹秀子が右シツノの財産の取得を目論んで右シツノと右軍次郎夫婦の不仲を策し、また、右シツノ自身も金使いが荒く小遣に不足し、不動産仲介業者沖野のすすめもあつて、本件土地の売却を意図したのに、一括仮換地指定のためその目的を果たせないなどのことから、福居シツノは福居軍次郎夫婦に反感を抱くに至つた。右軍次郎夫婦は、右シツノの意を迎えるため、本件土地の時価に見合うと思われる金額の金員を贈与したり、一旦離婚して別居したこともあつたが、遂に右シツノは右軍次郎夫婦と別居した後、本件土地を控訴人に売渡し、右夫婦との円満な関係を回復しないまま死亡した。
これらの事実からすれば、福居軍次郎の本件建物敷地の利用関係が使用貸借であるとしても、その契約に定められた目的に従つた使用及び収益が終了したか否かの適確な判定は、地方公共団体の長である被控訴人広島市長にとつて困難であり、先に説示したとおりの相当の注意をもつてしても、右の土地利用権の消滅を認識できる事情になかつたものと推定するに難くない。要するに、右に述べた帰責事由の存在を認め難いのである。
そして、このように見てくるならば、本件新仮換地指定処分後本件建物の移転・除却をしなかつたことを原因としては、被控訴人広島市が控訴人に対し損害賠償義務を負担するものではないと言わなければならない。
(四) そうすると、結局、控訴人の本件損害賠償請求はすべて理由がない。
四、よつて、本件控訴および当審における新請求を棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 宮田信夫 弓削孟 野田殷稔)
(別紙省略)